東京で頑張る自信がなかったから就職地を沖縄にしてみた

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沖縄移住経験談

生粋の東京生まれ、東京育ちの女子がなぜ単身22歳で就職地に「沖縄」を選び、単身移住をしたのか、、、以下のブログの前編です。興味のない方はここでの離脱をオススメします。

私はなぜ東京という一般的に恵まれた土地で生まれ育ったのに就職地をあえて沖縄に選んだのでしょうか。これまで、軽く100人くらいの人たちに「なぜわざわざ沖縄へ?」という質問を繰り返しされてきました。

ほとんどの場合は、軽いノリで「楽しそうだったから」とのらりくらり適当に答えていました。しかし、本当の理由は深くもないけど他人に軽くも言えない、なんとも言えないほろ苦い想いがあったりもするのです。

東京を離れたいとぼんやり考え始めたのは高校3年生くらいの時。勉強があまり得意ではなかった私は今思うと「落ちこぼれ、、」のような存在だったかもしれません。授業は苦痛でしたが学校へ行くことはイヤではなく、友達と会える学校生活はとても楽しい時間でした。

しかし自分にとっての弱点は学校以外、つまり家庭にありました。厳格な家庭に生まれた私は、幼少期から勉強はもちろん礼儀作法などとても厳しく教育されていました。

私は親の期待に応えようと、どんなに全力を出し尽くしても親の求める水準には達することができず、いつも親の期待には応えられない子供だったのです。そのうち、親の前や家庭にいることに引け目を感じるようになっていきました。

思い返せばあの頃の私は、本来の自分を忘れてしまいそうになるほど自分を押し殺し息苦しさを抱え、さらに心の底ではありのままの自分を愛してほしいという若い時ならではの複雑な欲求を強く抱えていたと思います。

やがてもう親の期待には応えられないし、期待に応えた所で自分自身は幸せになれないと感じ始め、実家を離れることを考え始めました。親から離れて経済的にも自立をして自分なりに一人前になりたかったのです。

安易ですが東京という環境から離れれば、ありのままの自分を受け入れてくれる人たちがいるのではないかと考え、それを求めた場所が「沖縄」でした。

誤解を招きそうなので、、補足をすると今現在は親にとても感謝をしています。厳しい躾も、社会を生き抜くすべと知ることもできました。

また、親以外に厳しく教えてくれる人に出会うことも稀だと気付けたことは私にとっての1番の「財産」なのかもしれません。それくらい自分に対して厳しくしてくれる存在は年を重ねるほどに少なくなっていきます。

ただ、当時の私は「ありのままの自分を受け入れてほしい」「完璧にできない自分も受け入れてほしい」という気持ちを強く抱えすぎていて、今にも爆発寸前でした。若さゆえにその気持ちへの折り合いの付け方も分かりません。今思うと本当に不器用にもがき苦しんでいました。

「東京だけがすべてじゃない!」期待を胸に飛び込んでいった沖縄の地で私はどのような人に会い、どのような経験をしたのでしょうか。

求めていた「もの」は見つけられたのでしょうか。当時の私は自分が何を求めているのかさえも分からなかったはず。私が求めていたものはなんだったのでしょうか。

それが分かるのはまた少し先の話。



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